言葉の言い換えは結構良い頭の体操じゃないでしょうか
みなさんこんにちは、サイモンさんです。
ブログを書いていると(書いてるって程記事数はありませんが)、前書いた記事と書き方とか言葉とか似通ってきちゃう感覚があります。
仕事の休み時間に見ていたTwitterで見つけたTweetから思ったことを書きました。
「ウォシュレット最強なんてありえない」は良くない表現
休み時間にトイレに行ってTwitterを見ていたんですが、その見ていたTweetがこれです。
ワンパターンな言い方しかできない人は、知性が低い可能性があります。気をつけましょう。 pic.twitter.com/wzRc3f4Tjm https://t.co/zqRTrFS1F2
— ゆうきゆう❤️マンガで分かる心療内科❤️ (@sinrinet) 2017年8月1日
より豊かな語彙を使い表現出来る人ほど頭が良いということで(Tweet内記事にあるように、学習をしていることが前提で)、ちょうどその時目に映ったことの表現を工夫してみることにしました。
このtweetを見終わった後に一番に目に飛び込んできたのは、水勢最強に設定されたウォシュレットの調節つまみ。
ふと一番に思い浮かんだことが「ウォシュレット最強なんてありえない」でした。
実際勢い最強だとお尻持っていかれそうになるくらい強くて、多分知らずに起動させたら個室で一人で声を上げてしまいます。
それでもさっきのTweetを読んだすぐで、「ウォシュレット最強なんてありえない」なんて単調な表現では私の頭の悪さがにじみ出てしまうと思って、もっと豊かな表現を考えました。
×:「ウォシュレット最強なんてありえない」
○:「最強のウォシュレットに耐えられる強靭なお尻を持っている人がいるなんて驚きだ!それでも私の繊細なお尻には刺激が強すぎて耐えられない!」
どうして自分はありえないと思ったのか、必ずそう思ったことに対しての根拠(それが世間一般で正しいかは別として)がある訳です。
そこをより明確にして、さらに言葉を「やばい」「あり得ない」なんて単調な表現をせずに、自分がどういう感情を抱いたのかを表現してみることでも、ちょっとした頭脳の運動になると思います。
同じ表現を言い換える
案外自分の生活を振り返ってみると、思った以上に「やばい」とか簡単に何でも表現してしまう便利な言葉を使っていることは多くないですか?
私は思い返すととても多いです。
そこをどうやばいのかとか、やばいって具体的にどういう状況かとか、話した相手に確実に伝わる表現をしたり、私生活で気持ちを伝える時なんかは、感動的に伝えてみたりかっこつけて言ってみたり、一つのゲームだと思って言葉で遊んでみるのも楽しめるのではないかなと思います。
言い換えは結構頭の体操になるし、言葉を知らない自分にも気がつく良いチャンスですよ。